西村 | 大阪でも、ほとんど毎夜8時ごろになると、警戒警報が始まるんです。軍の管制で、しばらくすると空襲警報になる。ぼくの思い出のなかで、いまでも一番ゾッとしたのは、まだ大阪の方に空襲がなかったころのことで、空襲警報で一度入った防空壕から出て空を見たら、ずーっと高い、高い、高ーい所でね、B29の大編隊が動いている。昼間ですよ。そのB29の編隊が、高高度を黙ってね、さーっと動いて行くんです(空を指さす仕草)。音が、まったく聞こえないの。
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谷 | 超高空だから……
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西村 | そう、超高いところだから、音が聞こえてこない。爆撃を受ける時期より前です。編隊が音もなく空を横切っていく。それを見た時は、ゾッとしました。その印象が非常に強いです。
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谷 | うーん、音もなく……かえって怖い。
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西村 | ゾッとしました。
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谷 | 海軍にあった横須賀鎮守府と呉鎮守府から警戒警報・空襲警報の情報が発信されていました。情報の精度とか詳細は知らないけれど、関西方面は「くれちん」と呼ばれた呉鎮守府から出ていました。ぼくの住んでいる西宮にB29の大編隊が来る場合も、西村さんの辺りも同じだったと思います。
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西村 | うん、そうそう。
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谷 | 「くれちん」が、まずこう言うんですよ。「敵数編隊、御坊付近を北上中です。阪神地区は警戒してください」って。御坊というのは和歌山県。田辺付近とかも。「潮岬南方に敵、数編隊が北上中です」あたりから始まって、だんだん北上してくる。その様子を「ブゥーッ」と鳴って、逐一伝えてくるわけです。で、「空襲警報発令」の前の「警戒警報発令!」というときには、もう阪神の上空に来ていることもありました。
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西村 | え、上空に来ているわけ?
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谷 | 来ているんです。 |
西村 | うわぁ。 |
谷 | いまでも、耳について離れません。B29の大編隊のエンジン音が。夜遅くグワン、グワン、ウワンワン、ウワンワン、って聞こえるんですよ。地元で鳴るサイレンの警報は警戒警報と空襲警報では鳴り方が違っていました。
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西村 | 回数が違うんだよね?
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谷 | 間隔も違うんです。
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西村 | 空襲警報は確か、短く3回、鳴ったんですよね。
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谷 | はい、そうですね。それを何回繰り返したかは、ちょっと・・。
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西村 | 警戒警報の時は1回長く鳴りました。
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谷 | はい、長く鳴りました。ぼくが西宮にいたころ、昼間、B29の編隊に日本の特攻機が、一機の胴体にぶつかって行ったのを見たことがあるんです。それくらいもう低空で飛んで来ていました。日本の特攻機がドッカーンと体当たりしたら、ボカーッとB29が爆発して、機体が割れ、ダーッと山の方と海の方へ分かれ錐揉み状態になって落ちるのを、ぼくは1回だけ目撃しました。大きな片翼がひらり、ひらりと光って舞いながら落ちていた。
で、見ていたぼくら子どもは「やった、やったあ!」って、ワイワイ喜びました。落下傘が開いて降りてくる乗員もいましたが、どうなったでしょうか。尼崎に降りたと聞いたような。 |
西村 | 尼崎の天谷地方と言うのは工場地帯ですね。そのころ、西宮は山の中の方ですか?
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谷 | 西宮では海岸に近い方、阪神電車の夙川駅の近くです。 |
特攻機のB29撃墜を2人とも目撃、歓声
西村 | 僕が見たのは大阪湾上空で、B29を2機か3機編隊の日本の特攻機が撃ち落としたんです。音が聞こえたので「すごい!」と思いました。パッと編隊が乱れて、B29がやがて、バラバラになって大阪湾の海へ落ちて行くまで見ました。その時、落ちた機体で水しぶきがバァーンと上がりました。
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谷 | おお、そこまで見えたんですか。
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西村 | はい。いずれ敵が上陸してくる可能性がある所には壕を掘っていたんです。その塹壕の中で見ました。海のそばの塹壕から。本物を見たんですよねえ。
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谷 | ああ、まさに本物ですね。
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西村 | 映画のセットなんかの作り物じゃない。本物を自分の目で見たというのは、すごい経験じゃないかなと思います。今思えば不謹慎に聞こえますが、当時は敵だし子どもだから「やった、やった、やった!」って喜んで。そういう時代でした。
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谷 | はい、喜んで当然でした。
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西村 | でもそのころは、暮らしはまだ良かったんです。
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谷 | ギリギリね。もう食べるものは大分おかしくなってきてはいましたけどね。
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西村 | うちは食品関係の卸をやっていたので、食べ物は、まだあって。
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谷 | ああ、それは大分違いますね。 |
西村 | ウイスキー、チョコレート、バナナも、うちにはあったんです。
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谷 | ほう、西村さんの家は割りといい状況にあったんだ。
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西村 | で、B29の編隊が、正面の空を飛んで来るのを見たのは、ゾッとしました。このような感じで何機もいるんです(両手で飛行機を作る仕草)、その後ろにも同じように何機も。それがずーっと、だまぁーって、だまぁーって動いているのは恐いです。
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谷 | きらめいてますしね。ものすごく。
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西村 | そうそう。
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谷 | あの高さでは日本の高射砲は届かなかったですね?
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西村 | 届かない、届かない。
大阪の堺市の高射砲からダンダン、ダンダンと撃ってるんです。夜なんかはサーチライトで敵機が映るんですけどね、うまく当たらないんですよ。敵機が逃げていくのを僕らは見ていました。機関銃でもだいぶ撃っていて、弾が赤い塊になって飛んで行くんです。
でも、どうしても当たらないんです。当たらない…。学校の先生が「飛んできた敵のB29が、手前で爆弾を落とすと恐い」と教えてくれました。 |
谷 | その通りです。
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西村 | 「真上に来たら大丈夫だから」と教えられて、「真上に早く、真上に来いよ」と願っていました。
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谷 | ぼくの作文の「二つのランドセル」の中にも出てきますが、ぼくも「空襲警報」のサイレンでで防空壕に入る時にB29の大編隊が、神戸方向から大阪の方向へ向かっていて、ものすごく近くにやって来ているのが見えた。 |
西村 | はいはい。それはやられますね?
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